2012/06/13

海外のエージェンシーから引っ張りだこのスウェーデン人。取材#3:Jung Relations/Berghs 後編

航空整備士から広告マンへ転身したフレドリック・ヘッグハマーさんのインタビュー、前編に続き、後編です。スウェーデンのデジタル・クリエイティブがなぜ注目されるに至ったか、アートディレクターやコピーライターの役割はどう変化しているのか、スウェーデンの広告業界が直面している課題は何か、などの質問に対するフレドリックさんの回答をご紹介します。(インタビュー日:2012年2月21日)


なぜスウェーデンの広告業界はデジタル面でそんなに注目されているのでしょうか?

いくつか理由があると思うよ。まず一つは、90年代半ば頃に政府がマルチメディアやIT関連の教育に積極的に投資をしたこと。僕もその教育を受けたんだけど、学費は全額政府が負担してくれたよ。



二つ目は、ブロードバンドの普及が比較的早かったこと。

そして僕が最も重要だと思う理由は、5週間の有休が法律で決まっていること。多くのエージェンシーは6週間ある。色々な記事が指摘しているけど、僕たち(スウェーデン人)がクリエイティブな理由は、落ち着いてじっくりと考え事をする時間が与えられているから。成功の秘訣を説明するためにはその点がとても大事だと思う。

また、スウェーデンは小さな国だし、広告業界も小さなコミュニティだから、お互い助け合っている。僕が97年にデジタルビジネスに関わるようになった頃も、そういう環境があったのを覚えているよ。


他の北欧諸国と比較するとどうですか?今指摘されたことは、他の国でも当てはまるのではないでしょうか?

そうだね。けど、ノルウェーは石油を持ってるからちょっと怠けてると思う。フィンランド人はお酒飲み過ぎ。デンマーク人は色んなモノ吸いすぎ。…というのは冗談だけど。他の北欧諸国もブロードバンド普及は早かったから、それはスウェーデン特有ではないかもね。けど、政府によるIT教育への積極的な姿勢というのは他の国には見られなかったと思う。僕がその教育を受けていた頃を振り返ると、学校で知り合った多くのクラスメイトはデジタルビジネスの先駆者として、今スウェーデンの色んなエージェンシーで活躍している。だから政府は良い投資をしたと思うよ。


Berghs School of Communicationでアートディレクター/コピーライター講座の講師をされていますが、アートディレクターとコピーライターの役割はどのように変化していると感じますか?

かなり変わったよね。生徒たちにとっては「デジタル」は当たり前のもので、彼らに課題を与えたら95%の確率でデジタルを活用したソリューションを提示してくる。Berghsではアートディレクター/コピーライター講座とインタラクティブ・コミュニケーション講座があるんだけど、区別がつかなくなってきているよ。どちらの講座の生徒も、デジタルが体にしみ込んでいる。そのような生徒がデジタルに対応できていないエージェンシーに採用されたら、彼らは大変な思いをするだろうね。

広告業界で最近話題になっているのは「アートディレクターとコピーライターのチームはもう終わったのか?」ということ。そこには「テクノロジスト」と呼ばれる三人目のクリエイティブが必要になってきている。この組み合わせによってマジックが起きるんだ。これは多くの人が指摘していることだし、今後広告業界に大きな変化が訪れると思う。ということは、学校としてもその流れに沿った形でカリキュラムを組み直す必要がでてきているよ。


Berghsの生徒を求めるエージェンシーは多いですか?

もちろんだよ。2週間前にキャリアフェアを開催したんだけど、30社以上のエージェンシーが集まって、各社10分のプレゼンを行った。そのうちの半分は海外のエージェンシーだったよ。スウェーデンのクリエイティビティを欲しているみたいだね。


生徒たちはどんな反応を示しているのでしょうか?

経済危機がまたいつ訪れるかわからないし、かなり不安を抱えていると思うよ。けど彼らの一番恐れていることは、自らのポテンシャルをフルに発揮できないエージェンシーに採用されること。あと、ヒエラルキーのあるアメリカの大きなエージェンシーに採用されること。スウェーデン人はヒエラルキーに慣れていないからね。


スウェーデンの広告業界が直面している課題は何だと思いますか?

ビジネスモデルを変えなければいけない、ということだと思う。「考えること」から「エクゼキューション」へ。予算の80%を「考えること」に、20%を「エクゼキュージョン」に費やす、というのは駄目だ。「エクゼキューション」にもっと力を入れるべき。もし上手くいかなければ、別の方法を試す。そのような繰り返し・やり直しの作業が、新しいクリエイティブの形だと思う("iteration is the new creative")。何か一つのものを作って、それが成功すると思い込んでしまっては駄目。細かな軌道修正が重要になってくる。そのためには、外部委託よりもエージェンシー内で「エクゼキューション」できるようにならなきゃいけない。素早く行動を取ることが大事。だから、広告エージェンシーはビジネスモデルを変える必要がある。





前編と同様に、フレドリックさんの指摘する重要なポイントはやはり、「エクゼキューション」の部分をいかにエージェンシー内部に持ち込むか、ということのような気がします。ソーシャルメディアやモバイルなどのテクノロジーが広告に欠かせなくなっている今、そのようなテクノロジーの可能性や限界を理解していて、且つある程度プログラミングもできる「テクノロジスト」の存在が、今後ますます重宝されるでしょうね。ということでエージェンシーの今後の重要課題は、そのような人材をいかに惹き付け、確保し、維持し続けるか、だと思います。(って同じ内容のことを過去記事でも書いたような気が…。)

また、個人的に興味深かったところは、Berghsのキャリアフェアに参加したエージェンシーの半分が海外からわざわざやって来た、という点。Berghsが世界的にも注目度が高いことを証明していますね。以前、Don't Tell AshtonというBerghsのインタラクティブ・コミュニケーション学科生が企画したプロジェクトをココで紹介しましたが、クリエイティブ担当の生徒6人が、現在シドニーやロンドン、ニューヨークのエージェンシー(Droga 5, Naked, Johannes Leonardo, Mother)で活躍中という業界誌の記事を見つけました。




彼らのように、海外で活躍しているスウェーデン人は沢山いるようなんですが(ほとんどクリエイティブ)、スウェーデン国内のエージェンシーも負けてられないですね。テクノロジストを確保することも大事ですが、人材の海外流出を食い止めることも、彼らにとっては重要な課題なのでしょう。日本のエージェンシーでは、後者の心配はあまり無さそうですね…。それが良いことだとは思いませんが…。海外のエージェンシーへの長期留学制度などを通して、刺激・衝撃を持ち帰ってくるのも面白いのではないでしょうか。